山本kid徳郁の名言、伝説がかっこいい!ベンチプレスや筋肉もすごかった!
<Sponsored Link>2020/02/16
ガンで闘病中だった格闘家の山本kid徳郁さんが2018年9月18日に亡くなったそうです。8月にガンで闘病中であることを発表して、1ヶ月足らずでなくなったということで本当に残念ですね。
やっぱり発表したときには相当ガンが進行していて、かなり厳しい状況だったのではないでしょうか。車椅子に乗っていたという情報もありましたし、あのタイミングがコメントがだせる最後のタイミングだったのかもしれませんね。
私も世代的に山本kid徳郁さんとか魔娑斗さんくらいの格闘技はよく見ていてファンだったので本当にショックです。今回は山本kid徳郁さんが残した伝説、名言などを振り返ってみようと思います。
山本kid徳郁の名言
山本kid徳郁さんは1977年3月15日生まれで享年は41歳です。本当に早すぎる死ですよね。山本kid徳郁さんは身長163cmでかなり小柄でしたが、小さい体から繰り出す打撃は強力で大きな選手からダウンを多数奪って、神の子とも言われていました。
大きな選手にひるまずに果敢に攻めるスタイルが多くのファンの心を掴みカリスマ的な人気になっていましたね。山本kid徳郁さんは強気の発言をすることも多く、名言もいろいろ残しているようです。
結局は自分で落ち込んで、自分で上がるしかない。俺、人にあんまり弱音を吐かないから。言いたいけど言えないし(笑)痛いのは俺だから、他人に言ってもしょうがないと思ってる
強くなるために必要なのは、基本を繰り返す努力
(タトゥーを見て)嫌な人はいると思う。それが現実だから。でもそんなこと考えてやってないし。入墨は自由の象徴だと思う
誰も「やれ」とは言わない。そのかわり、やらなければ誰にも相手にされない
覚悟しといて。俺の一発は重いよ
勝てる自信はある。何で自信あるか?えー、俺だから
魔裟斗くんも今俺とやっといたほうが良いと思う。これからもうちょいして俺とやったら絶対勝ち目はない、彼には
カリスマと呼ばれて輝かしい時期もありましたが、怪我やオリンピックに挑戦して挫折したりと苦い経験もしてきた山本kid徳郁さん。弱気を見せることができない苦悩とかもあったみたいですね。
山本kid徳郁の伝説
山本kid徳郁さんの名勝負といわれる試合はいろいろありますが、伝説的といわれるのが宮田和幸選手との対戦ではないでしょうか。
開始わずか4秒で左跳び膝蹴り一発で失神KOを奪いました。この膝蹴りは試合の3日前に決めていたそうです。相手はレスリングのオリンピック選手だけど上からいけば捕まえられないんじゃないかと考えて、よし飛ぼうと決めたそうです。
ほかにもライバルの魔娑斗選手からダウンを奪ったりしていますし、その時の試合の盛り上がりとかはすごかったですね。
山本kid徳郁さんはリングでも強かったですが、喧嘩も強くてボクシングミドル級の東洋チャンピオンを喧嘩で絞め落としたこともあるそうです。このボクサーは素行が悪くて後日、別の事件で逮捕されているそうです。
山本kid徳郁さんは正義感が強くて、夜の街でわざとぶつかってくる輩に対してもボコボコにしたりしていたそうです。自分にそういうことをする輩はほかの人にもやっているということで成敗するという気持ちでやっていたらしいです。
あとは山本kid徳郁さんは過去に人助けもしていました。2012年の4月に駅のホームに落下した老齢の男性がいて、山本kid徳郁さんはまっさきに線路に飛び降りて救出に向かったそうです。
山本kid徳郁さんの姿をみて周囲も力を貸してくれて、その老齢の男性を無事救出することができたそうです。こういうことをとっさにできるのもすごいことですよね。
山本kid徳郁はベンチプレスや筋肉がすごかった!
山本kid徳郁さんは体が小さいながらも筋肉がすごかったですよね。小柄ながらムキムキに鍛えられた筋肉をみて格闘技を始めたり、体を鍛えだしたという方も多かったのではないでしょうか。
山本kid徳郁さんはベンチプレスもすごくて高校時代には最高125kg(当時体重59kg)あげていたそうです。体重の倍の重量をあげていたということなので相当すごいですよね。体重の2倍をあげられるのは本当にわずからしいので、すごい筋肉だったんでしょうね。
山本kid徳郁選手の全盛期は本当にすごい筋肉だったし、選手としても華があって素晴らしい格闘家でしたね。それだけに41歳で亡くなってしまったのは本当に残念ですね。心からご冥福をお祈りいたします。